繰り返し起こるプレート型地震においては、過去の被災状況を把握しておくことも、次の大地震に備えるうえで、非常に大切なことです。津波被害が深刻だった昭和21年の昭和南海地震。徳島市がまとめた体験談から一部抜粋のうえ掲載させて頂きます。
私の家は、昔の中二階建てで、この辺りの家は、全部で60戸くらいしかなかった。ほとんどが田圃で、その間にポツポツ家があった程度だった。地震の揺れは、かなりのものだった。当時、私の父親が「こんな大きな地震は生まれてこのかた初めてじゃ」と言っていたのを覚えている。揺れの方向は、特に横揺れがひどかったように思う。近所の米の土蔵が半壊したのを覚えている。
近所の佐々木さん宅の隣に小さな消防ポンプと半鐘があり、警防団の人がその半鐘を激しく叩いていたのを聞いて、津波が押し寄せてくることを知った。津波が押し寄せてくるときに沖の方から「ゴーッ」というものすごい音がした。5回くらい、引いては寄せる激しい音がしていたように記憶している。津波は、2回目が大きかった。
私の父親は、家で飼っていた農耕用の牛を連れ、母親は、小さい子供たちを連れて、大原町の千代ヶ...