12月, 2009Archive for

昭和東南海地震の航空写真発見

末太平洋戦争末期の昭和19年12月発生の「昭和東南海地震」で津波被害に遭った三重県尾鷲市(当時尾鷲町)を、地震直後に米軍が撮影した航空写真が米国立構文書館に残されていたことが分かった。 被災記録は戦時中の報道管制でほとんど残っていなかったが、国土地理院などの研究グループが写真を分析し、浅い谷状の地形で特に大きな津波被害が出ていたことなどが判明した。  写真は米軍偵察機が地震から3日後、高度約1万メートルから撮影。津波で被害が出た市街地や陸に打ち上げられた船が写っていた。標高データと重ね合わせて確認した結果、標高3メートル以下の範囲が大きく被災。  特に浅い谷状になっている市街地南部で海側に向かって家屋が流され、壊滅的被害に遭ったことが判明。津波の引き波が集中したと推定できるという。  

プレート地震の連鎖発生 日本でも要注意

9月30日にインドネシアのスマトラ島沖でマグニチュード(M)7・6の地震が起きた。インド洋沿岸に大津波を起こした2004年12月の巨大地震以降、スマトラ島沖では05年と07年にもM8を超える大地震が発生している。「大地震の連鎖」は、地震列島に住む私たちにとっても人ごとではない。 ■スラブ内地震  8月から10月にかけて、日本の近海やインドネシア、南太平洋の島嶼(とうしょ)域で、規模の大きい地震が相次いだ。いずれも、プレート(地球を覆う岩板)境界に沿った地震多発地帯だ。  プレート境界で発生する巨大地震の典型は、陸側プレートと海洋プレートの境界面が急激にずれるプレート境界(海溝型)地震で、10月8日のバヌアツ沖の地震(M7・8)はこのタイプだった。2004年のスマトラ島沖地震や今世紀前半に起こる可能性が高いとされる東南海、南海地震も海溝型だ。  これに対し、8月11日の駿河湾の地震(M6・5)、9月30日のスマトラ島沖地震とサモアの地震(M8・0)は、陸側プレートの下に沈み込む海洋プレートの内部で破壊が起こった「スラブ内地震」と呼ばれるタイプだった。  10...