和歌山県串本町串本で鉄工所を営む取渕宏さん(69)が住んでいた空き家で、1946年12月21日の昭和南海地震による津波の跡が見つかった。地上約80センチの高さまで浸水した跡が、壁にくっきりと残っている。
取渕さんは自宅の向かいにあるこの空き家に30年ほど前まで住んでいた。取り壊すことになり、たんすを動かしたところ、しっくいの壁に浸水した跡が線になって残っていた。取渕さんは「跡が残っていることは子どもの時に親から聞いていたが、長年置いていたたんすを動かして思い出した」と話す。
南海地震が発生したのは取渕さんが5歳のころ。早朝に串本小学校の裏手にある通称「西の岡」まで避難したことを覚えているという。取渕さんは「避難するとき、木の電信柱がゆらゆらと揺れていて恐かった。船が陸地に打ち上げられていたのを覚えている」と当時を振り返った。
昭和南海地震で旧串本町内には高さ2・5~5・5メートルの津波が来襲した。死者9人、負傷者16人、家屋倒壊128棟、家屋流失41棟、浸水家屋は832棟に上った。
取渕さんの家の付近は海抜4メートルほどの住宅地で、約150メートル離れた場所...