安政南海地震's tag archives

震災に学ぶ和歌山の試み 過去の教訓と「釜石式」生かせ

東海、東南海、南海地震が想定される和歌山県は、台風12号による豪雨で南部を中心に津波を思わせるような大被害を受けた。避難指示のなかった地域で死者も出た「想定外」の事態に、自治体に頼らない自助・共助の大切さが叫ばれている。和歌山県では今、子供を中心に地域防災力を高めようと、東日本大震災のみならず、安政と昭和の南海地震など過去の地元の教訓をも生かした新たな防災教育作りに取り組んでいる。◆教材作り   和歌山市を含め約3分の2の自治体が海岸線をもつ和歌山県。津波との付き合いも古く、物語「稲むらの火」のモデルとなった安政南海地震での濱口梧陵(はまぐちごりょう)の功績を小学校の副教材に盛り込むなど防災教育には比較的熱心だった。「奇跡」と呼ばれた岩手県釜石市の防災教育にも、そのノウハウは生かされたという。  昨年度からは、昭和21年の南海地震の教訓を盛り込んだ副教材作りにも取り組んできた。避難準備に手間取ったり海を見に行ったりして逃げ遅れそうになる体験なども、地元の人が語ることで臨場感が出る。  証言は地震当時5歳から29歳だった男女78人に聞き取り。なかでも、教訓を含...

南海地震発生で神戸市にも津波到来!

神戸市は1月27日、同市中央区の旧外国人居留地で、江戸時代に発生した南海地震の津波で堆積した砂の地層が見つかったと発表した。マグニチュード(M)8を超えたとされる1707年の宝永地震か1854年の安政南海地震の痕跡とみられ、市は「南海地震の津波が神戸まで達した証拠。今後の防災につなげたい」としている。   地層は海岸線から約500メートルの同市危機管理センター建設予定地で発見、同志社大の増田富士雄教授(堆積学)が鑑定した。地下約1・5メートルの砂の層で、泥がほとんど含まれておらず、海から運ばれたとみられる。砂粒が南北の方向に将棋倒しに並んでいることから、川などの氾濫によるものではなく、津波の強力な水流に運ばれたとみられる。  この地層の上下に明治期に整地された層と江戸初期の層を確認。堆積物の年代を絞り込んだ結果、宝永地震と安政南海地震のいずれかによる津波の痕跡の可能性が大きいと判断した。  また、砂の層は当時の標高2メートルの部分にあたることも判明。江戸時代の津波被害については、大阪や和歌山などについて文献などに記録が残っているが、神戸が被害にあったことを示...

1854年 安政大地震

安政元年11月4日(1854年12月23日)、駿河湾から遠州灘、紀伊半島南東沖一帯を震源とするM8.4という巨大地震が発生しました。この地震の32時間後にはM8.4と推定される安政南海地震が連続して発生したことから、次に起こるとされる東海地震~南海地震連動のモデルケースとされています。 この地震で被害が最も多かったのは沼津から天竜川河口に至る東海沿岸地で、町全体が全滅した場所も多数あった。また、甲府では町の7割の家屋が倒壊し、松本、松代、江戸でも倒壊家屋があったと記録されるほど広範囲に災害をもたらせた地震であった。  地震発生から数分~1時間前後に大津波が発生し、東海沿岸地方を襲った。伊豆下田、遠州灘、伊勢、志摩、熊野灘沿岸に押し寄せた津波で多くの被害を出した。伊豆下田では推定6~7mの津波が押し寄せ、948戸中927戸が流失し、122人が溺死したという記録が残っている。また、江浦湾でも6~7m、伊勢大湊で5~6m、志摩から熊野灘沿岸で5~10m大津波が襲来し数千戸が流失した。  特に伊豆下田では折から停泊中のロシア軍艦「ディアナ号」が津波により大破沈没して乗組員が帰国できな...

100年~150年で繰り返し発生 東南海・南海地震

東南海・南海地震は、過去から繰り返し発生している点は、みなさん既にご存知のことと思いますが、ここ数百年の流れと、現在の状況を把握しておきましょう。  東海~東南海~南海地震の、直近400年の発生状況は上図の通りです。こうして図解してみると、100年~150年単位で定期的且つ同時に起こっている様子がよくわかります。 ◆東海地震  前回の1944年昭和東南海地震では、大きな地震が発生しておらず、その前の安政東海地震からプレートの歪みが解放されていない状況にあります。空白期間は150年余りと相当のエネルギーが蓄積されている可能性が高く、いつう大地震が発生してもおかしくない状況といわれています。(30年発生確率は約87%) ◆東南海・南海地震 概ね100年~150年周期で発生しており、前回の昭和東南海・南海地震から想定すると、今世紀前半での発生が懸念されています。東海地震と比較すると切迫性はやや見劣りしますが、過去の状況からみて東海地震が引き金となり東南海・南海地震が誘発されるケースも容易に想像でき、東海~九州迄と被災対象地域も広いことから、より早い段階での防...

南海地震 過去1000年分の記録は世界有数

活断層型地震とは異なり、東海地震や東南海地震をはじめとするプレート型地震は、数十年~数百年単位で繰り返し発生する傾向があります。その中でも、「南海地震」は過去1,000年余りの地震活動の記録が残されている世界的にも例をみない地震と位置づけられています。 記録に残っているものは以下の通りです。現代まで語り継がれてきたことからも、いかに当時の被害が大きかったかを推し量ることができます。 684年11月29日 南海地震(白鳳南海地震) - M 8.0~8.3、死者多数。土佐で津波により大きな被害。田園(約12km²)が海面下へ沈下。地質調査によればほぼ同時期に東南海・東海地震も発生。 887年8月26日 南海地震(仁和南海地震) - M 8.0~8.5、京都・摂津を中心に死者多数。津波あり。地質調査によればほぼ同時期に東南海・東海地震も発生。 1099年2月22日 南海地震(康和南海地震) - M 8.0~8.5、死者数万と推定。土佐で津波により大きな被害、田千余町(約1,000ha))みな海に沈む。興福寺西金堂・塔小破、大門と回廊が倒れた。摂津天王寺回廊倒る。 136...