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プレート地震の連鎖発生 日本でも要注意

9月30日にインドネシアのスマトラ島沖でマグニチュード(M)7・6の地震が起きた。インド洋沿岸に大津波を起こした2004年12月の巨大地震以降、スマトラ島沖では05年と07年にもM8を超える大地震が発生している。「大地震の連鎖」は、地震列島に住む私たちにとっても人ごとではない。 ■スラブ内地震  8月から10月にかけて、日本の近海やインドネシア、南太平洋の島嶼(とうしょ)域で、規模の大きい地震が相次いだ。いずれも、プレート(地球を覆う岩板)境界に沿った地震多発地帯だ。  プレート境界で発生する巨大地震の典型は、陸側プレートと海洋プレートの境界面が急激にずれるプレート境界(海溝型)地震で、10月8日のバヌアツ沖の地震(M7・8)はこのタイプだった。2004年のスマトラ島沖地震や今世紀前半に起こる可能性が高いとされる東南海、南海地震も海溝型だ。  これに対し、8月11日の駿河湾の地震(M6・5)、9月30日のスマトラ島沖地震とサモアの地震(M8・0)は、陸側プレートの下に沈み込む海洋プレートの内部で破壊が起こった「スラブ内地震」と呼ばれるタイプだった。  10...

1854年 安政大地震

安政元年11月4日(1854年12月23日)、駿河湾から遠州灘、紀伊半島南東沖一帯を震源とするM8.4という巨大地震が発生しました。この地震の32時間後にはM8.4と推定される安政南海地震が連続して発生したことから、次に起こるとされる東海地震~南海地震連動のモデルケースとされています。 この地震で被害が最も多かったのは沼津から天竜川河口に至る東海沿岸地で、町全体が全滅した場所も多数あった。また、甲府では町の7割の家屋が倒壊し、松本、松代、江戸でも倒壊家屋があったと記録されるほど広範囲に災害をもたらせた地震であった。  地震発生から数分~1時間前後に大津波が発生し、東海沿岸地方を襲った。伊豆下田、遠州灘、伊勢、志摩、熊野灘沿岸に押し寄せた津波で多くの被害を出した。伊豆下田では推定6~7mの津波が押し寄せ、948戸中927戸が流失し、122人が溺死したという記録が残っている。また、江浦湾でも6~7m、伊勢大湊で5~6m、志摩から熊野灘沿岸で5~10m大津波が襲来し数千戸が流失した。  特に伊豆下田では折から停泊中のロシア軍艦「ディアナ号」が津波により大破沈没して乗組員が帰国できな...