津波's tag archives

昭和南海地震から65年 体験談から教訓を学ぶ

1946年12月21日に発生した昭和南海地震から65年。和歌山県串本町の沿岸にも津波が押し寄せ、同町串本の袋地区では逃げ遅れた子ども4人が犠牲になり、多くの家屋が流失した。当時、袋地区に住んでいた2人の女性の体験談をご紹介します。   ■「津波の音忘れられない」   同町串本の大水崎地区に住む西栄子さん(76)は、津波で当時6歳の妹、香津子さんを亡くした。地震は午前4時19分に発生。強い揺れを感じ、揺れが収まった後、外に出た。近所の男性が「津波が来るぞ」と大声で叫んでいるのを聞いた。栄子さんは7人きょうだいの長女。幼い弟や妹は両親が手を引いたり、背負ったりして逃げ、他のきょうだいはそれぞれ走って裏山へ向かった。  津波の第1波は「シャブシャブ」と静かな音を立てて足元をぬらした。一番先に家を出た栄子さんは家族の中では最初に裏山に上がったが、続いて上がってきた次女は服がぬれていた。きょうだいを連れた父母は体が浮き上がるほど波を受けたが、何とか逃げた。波は次々にやって来て、第3波が最も高かった。「ギイギイ」と家が流される音が聞こえた。  家族がようやく逃げおおせたと思っ...

東海・東南海・南海 3連動地震への備え 「5分で避難」

東日本大震災を踏まえ、国の中央防災会議の専門調査会が先月、地震・津波対策についてまとめた最終報告書は、大震災を想定できなかった反省から、巨大地震や津波の検討を改めて求め、津波到達時間の短い地域での避難行動について「5分程度」と提示した。東海・東南海・南海の3連動地震も起こりえる西日本の自治体は、地域防災計画の見直しと同様、避難行動や場所の見直し作業にも着手しているところが少なくない。ただし財政的には都道府県、ひいては国の予算措置や補助が必至なため、国レベルの議論が深まることへの期待が高まる。 ◆まずは「逃げ切る」 津波はまず逃げるのが基本東海・東南海・南海の各地震によって、大きな被害が出る可能性のある和歌山県の仁坂吉伸知事は「報告書がまとめられる前に、すでに和歌山県は(避難場所の)再点検を行った。5分で逃げなければ危ない町と、5分で逃げるよりも、30~40分かけても、もっと安全なところへ逃げた方がいい町と、いろいろある。そういうことも念頭に置いている」と話した。  同県は、想定外の巨大津波から「逃げ切る」ことを念頭に置いており、「津波から逃れ、数時間生き残ることができればよい...

<津波想定>M9なら熊野は15メートル 三重県調査

東日本大震災級のマグニチュード(M)9.0規模で、東海・東南海・南海の3連動地震が発生した場合の津波浸水予測調査を、三重県は公表した。浸水域は現状予測の254平方キロから465平方キロへ約1.8倍に拡大、最大津波高も熊野市新鹿地区で8.93メートルから15.64メートルに上昇する。県地震対策室は「市町に結果を提供し、避難所見直しや避難訓練などに役立ててもらう」と話している。現状予測は、国の中央防災会議が想定したM8.7に基づく。震災発生を受けて「M9.0の地震で防潮堤などの施設が全壊」と想定した調査を名古屋大と共同で実施した。 同室によると、浸水域のうち、家屋全壊の可能性が高まる「浸水深2メートル以上」の割合は従来の30.6%から68.6%に大幅増。熊野灘沿岸での「同8メートル以上」の割合も0.1%から6.3%に増えた。最大津波高は、大紀町錦地区13.42メートル▽南伊勢町贄浦地区12.31メートル--などと予測した。 防災みえ  津波の浸水予測(23年10月速報)  津波の浸水予測(平成16年3月版) 

震災に学ぶ和歌山の試み 過去の教訓と「釜石式」生かせ

東海、東南海、南海地震が想定される和歌山県は、台風12号による豪雨で南部を中心に津波を思わせるような大被害を受けた。避難指示のなかった地域で死者も出た「想定外」の事態に、自治体に頼らない自助・共助の大切さが叫ばれている。和歌山県では今、子供を中心に地域防災力を高めようと、東日本大震災のみならず、安政と昭和の南海地震など過去の地元の教訓をも生かした新たな防災教育作りに取り組んでいる。◆教材作り   和歌山市を含め約3分の2の自治体が海岸線をもつ和歌山県。津波との付き合いも古く、物語「稲むらの火」のモデルとなった安政南海地震での濱口梧陵(はまぐちごりょう)の功績を小学校の副教材に盛り込むなど防災教育には比較的熱心だった。「奇跡」と呼ばれた岩手県釜石市の防災教育にも、そのノウハウは生かされたという。  昨年度からは、昭和21年の南海地震の教訓を盛り込んだ副教材作りにも取り組んできた。避難準備に手間取ったり海を見に行ったりして逃げ遅れそうになる体験なども、地元の人が語ることで臨場感が出る。  証言は地震当時5歳から29歳だった男女78人に聞き取り。なかでも、教訓を含...

東南海、南海等の4連動地震で津波高さ2倍!

今世紀前半に起こるとされる東海・東南海・南海地震について、東京大総合防災情報研究センターの古村孝志教授が14日、京都市内で学術講演した。これまで想定されていた東海、東南海、南海の各地震が同時に起こる「3連動」に加え、東日本大震災のように浅いプレートも動く「4連動」の可能性を指摘、超巨大津波への備えを訴えた。京都大防災研究所自然災害研究協議会主催のシンポジウムで報告した。 東日本大震災では、海底の変動や津波解析から、想定震源域のプレート境界(海底から深さ10~40キロ)が複数連動して動いたことに加え、陸から離れた海溝に近い浅いプレート(同10キロ以下)も大きく動いて隆起し、超巨大津波になったと考えられている。  東海・東南海・南海地震は、それぞれ単独だったり、連動したりと、さまざまなパターンで発生している。1707年の宝永地震では三つの震源域とさらに西方の日向灘の一部が連動し、大津波を引き起こした。これらの震源域南方の浅いプレートも1605年の慶長地震で動いて大津波になったと考えられている。  古村教授らは、「3連動」の宝永地震に慶長地震も連動した「4連動」の想定で...

津波から生きのびるために 東日本大震災 体験談

お台場の東京臨海広域防災公園で8月20日~9月4日に開かれていた「そなエリア ボウサイウィーク!」という防災イベント。「宮城県南三陸町語り部の会」が、被災地のメッセージを伝えてくれる講演を行いました。そこでのレポートを抜粋でご紹介します。(防災・防犯ラボの主任研究員・ナカヤマさんのレポートより) ●陸の孤島から無事生還  お話をして下さったのは、宮城県南三陸町語り部の会の後藤一磨さん(63歳)。地震当日と直後の模様を、生々しく語って下さいました。後藤さんは高台に避難して命拾いしましたが、避難した場所は陸の孤島状態でした。食料、水はない。携帯はつながらない。テレビ、ラジオもない。自衛隊の助けも届かない。避難者の中には常備薬を切らしたお年寄りも少なくなく、業を煮やした後藤さんはその場にあった軽トラックを運転し、5時間かけて助けを求めに行きました。  たどり着いた南三陸町は壊滅状態で、当然ながら行政は機能していません。そこで、現地に到着していた自衛隊に救助要請を直談判しました。結果、ヘリコプターを避難場所まで飛ばしてもらうことができ、全員無事助かったそうです。それにしても、驚く...

釜石の奇跡 小中学生の避難率ほぼ100%!

岩手県釜石市の沿岸部にある9つの小中学校で、全児童生徒を対象に、東日本大震災のあった3月11日当日の避難行動を調査したところ、回答者1512人(回答率94・9%)のほぼ全員が、気象庁や行政の災害情報を待たずに地震直後に避難を開始していたことが群馬大の片田敏孝教授(災害社会工学)らの分析で分かりました。今回の大震災で津波の波高を低く予測し、避難の遅れを招いた-と批判を浴びている気象庁は「自らの判断で逃げることを求める」方向で津波避難情報の見直しに着手しており、調査結果は今後の津波避難の指針づくりに影響を与えです。調査結果の詳細は以下の通りです。 「同市は小中学生の避難率がほぼ100%で、避難の成功例として「釜石の奇跡」と呼ばれ注目を集めているが、今回の調査で全容が明らかになった。調査対象となった9校はいずれも浸水エリア内か近くにあり、3校が全壊した。各校では、児童生徒から家族が聞き取った内容を回収し、同市で防災教育・訓練の指導をしてきた片田教授がまとめた。  同市では児童生徒の半数近くの自宅が被災し、6割近くが家族や親類を亡くしている厳しい状況だったが、調査によっ...

東日本大震災 全体の92%が水死

東日本大震災で被害の大きかった岩手、宮城、福島3県で、震災から1か月間に検視などが行われた死者1万3135人のうち、水死が92・5%に上ったことが警察庁が今月19日発表したまとめでわかった。 約8割が住宅倒壊などによる窒息死・圧死だった阪神大震災と異なり、ほとんどの犠牲者が津波で命を落とした状況が明白になった。検視が行われ、身元が判明した犠牲者の65%は60歳以上が占め、多くの高齢者が逃げ遅れたことも改めて浮かんだ。  同庁によると、今月11日までに検視を終えたのは女性7036体、男性5971体で、損傷などで性別がわからない遺体も128体あった。9割超の1万2143人が水死で、8068体が確認された宮城県の水死割合が95・7%と、岩手県(87・3%)、福島県(87・0%)を上回った。圧死や全身骨折を含む損傷死など(計578人)の多くも、津波で倒壊した家屋の下敷きになったり、流される間にがれきに衝突したとみられ、水から顔を出し助けを待つうちに凍死した人もいた。焼死は148人で、宮城県気仙沼市など激しい火災が起きた地域で多かった。  年齢別では60歳以上が7241人で...

今なお残る 「昭和南海地震」津波の跡

和歌山県串本町串本で鉄工所を営む取渕宏さん(69)が住んでいた空き家で、1946年12月21日の昭和南海地震による津波の跡が見つかった。地上約80センチの高さまで浸水した跡が、壁にくっきりと残っている。  取渕さんは自宅の向かいにあるこの空き家に30年ほど前まで住んでいた。取り壊すことになり、たんすを動かしたところ、しっくいの壁に浸水した跡が線になって残っていた。取渕さんは「跡が残っていることは子どもの時に親から聞いていたが、長年置いていたたんすを動かして思い出した」と話す。  南海地震が発生したのは取渕さんが5歳のころ。早朝に串本小学校の裏手にある通称「西の岡」まで避難したことを覚えているという。取渕さんは「避難するとき、木の電信柱がゆらゆらと揺れていて恐かった。船が陸地に打ち上げられていたのを覚えている」と当時を振り返った。  昭和南海地震で旧串本町内には高さ2・5~5・5メートルの津波が来襲した。死者9人、負傷者16人、家屋倒壊128棟、家屋流失41棟、浸水家屋は832棟に上った。  取渕さんの家の付近は海抜4メートルほどの住宅地で、約150メートル離れた場所...

南海地震発生で神戸市にも津波到来!

神戸市は1月27日、同市中央区の旧外国人居留地で、江戸時代に発生した南海地震の津波で堆積した砂の地層が見つかったと発表した。マグニチュード(M)8を超えたとされる1707年の宝永地震か1854年の安政南海地震の痕跡とみられ、市は「南海地震の津波が神戸まで達した証拠。今後の防災につなげたい」としている。   地層は海岸線から約500メートルの同市危機管理センター建設予定地で発見、同志社大の増田富士雄教授(堆積学)が鑑定した。地下約1・5メートルの砂の層で、泥がほとんど含まれておらず、海から運ばれたとみられる。砂粒が南北の方向に将棋倒しに並んでいることから、川などの氾濫によるものではなく、津波の強力な水流に運ばれたとみられる。  この地層の上下に明治期に整地された層と江戸初期の層を確認。堆積物の年代を絞り込んだ結果、宝永地震と安政南海地震のいずれかによる津波の痕跡の可能性が大きいと判断した。  また、砂の層は当時の標高2メートルの部分にあたることも判明。江戸時代の津波被害については、大阪や和歌山などについて文献などに記録が残っているが、神戸が被害にあったことを示...