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1944年 東南海地震の津波断層の証拠を発見

海洋研究開発機構(JAMSTEC)と東京大学、高知大学は10月3日、南海トラフ地震発生帯掘削計画に従事している地球深部探査船「ちきゅう」が、1944年の東南海地震の津波断層を特定する物的証拠を発見したことを共同で発表した。今回の発見は、日米主導で2003年より行われている多国間国際協力プロジェクト「統合国際深海掘削計画」の「第316次航海・南海トラフ地震発生帯掘削計画ステージ1」(画像1)によるもの。4ステージに分けて、紀伊半島沖熊野灘において南海トラフに直交する複数地点を掘削する計画で、ステージ1は2008年に終了した。なお、今回の成果は、米地質学会誌「GEOLOGY」10月号に掲載予定。 過去の巨大地震の海底地震断層とその活動履歴の推定は、古文書や陸上に残された痕跡などから類推するのが一般的だ。しかし、地震対策などを効果的に進めていくためには、海底地震断層を特定し、確度の高い活動履歴に基づいて大作を策定していくことが重要となる。そのためには、過去の巨大地震についての位置と時間を正確に記録している痕跡の確認が課題だが、海底の調査は時間と費用がよりかかるのは説明するまでもない...

1944年 昭和東南海地震

1944年(昭和19年)12月7日に三重県志摩半島南南東沖約20kmを震源としてM7.9~8.0クラスの大地震が発生した 主に、遠州灘沿岸(東海道)から紀伊半島(南海道)に渡る一帯で被害が集中した為に、「東南海地震」と呼ばれている。尚、このとき、いわゆる「東海地震」は発生していないが、その2年後の1946年(昭和21年)12月21日に昭和南海地震が発生している。 地震による家屋の倒壊、地震後に発生した津波により、三重県、愛知県、静岡県を中心に1223名の死者・行方不明者を出した。太平洋戦争の最中でもあり、戦意高揚に繋がる報道以外の情報は統制され、記録自体が消滅・散逸していることなどから、被害の全体像が把握しにくい地震である。また、被害のあった地域は、航空機産業の中心地的な存在であったため(名古屋市にある三菱の工場など)、軍用機の生産に多大な被害を受けることになる。 数少ない記録から、三重県津市、静岡県御前崎市、長野県諏訪市で震度6、近畿から中部までの広範囲で震度5を観測していた事が確認されている。また、地震後の津波では尾鷲が壊滅した。最大波高は、尾鷲市賀田地区で記録された9...